還空論
HP「SECRET GAME」の付属ブログです。日記や小説。
ただしここでの小説には、あまり計画性がありません; HPの小説の番外編もあります。
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責務だよ、氷水。
君は彼の上官だったんだから、君だけは彼のことを理解してあげなくてはならない。
――分かっています、憲心様。
俺だって、このまま彼を忘れるつもりなんてありません。
救えない命があった。
いや、俺の人生、そればかりだ。
“彼”もその一人。
水の高等戦士・羅豪。俺の部下だった男だ。
俺は彼の遺骨を持って、彼の生まれ故郷を訪ねた。
彼の生まれた村は深い山の中にあり、自給自足を基本とする質素な村だった。商業の流通とも無縁な土地で、外の者が来ること自体珍しいのだろう――辿り着いた俺は村人たちから奇異の目を向けられる。
「いらっしゃい。こんな辺鄙な場所に何の用で?」
村の男が話しかけてきた。30代後半という年の頃と思われる彼は、志威と名乗った。
志威は俺の乗ってきた飛獣をまじまじと見て言う。
「旅の人…ではなさそうだ。この村に用があって来たんだろ?」
志威が俺とにこやかに話す姿に安心したのか、他の村人たちも集まって来た。
俺は目の前の男と、周りを囲む彼らに言う。
「羅豪の生家はどこですか」
しんと静まり返る。
「羅豪――」
志威は微笑んだ。
「懐かしい名前だ。俺が案内しよう」
案内された場所には何もなかった。俺が不思議に思って志威を見ると、彼は苦笑する。
「家はもう、無いんだ。あいつの両親はとうに病気で死んでしまったし、羅豪も戻ってくるとは思えなかったし、住人のいない家など朽ち果てるだけだからと…まっさらな土地に変えてしまった。ちなみに俺はあいつの従兄にあたる」
「羅豪のご家族の方は、もういないんですね」
「そうだな。俺の両親も死んだから、……俺が一番血の近い親戚になるな」
「ではこれは、貴方にお渡しするのが良さそうです」
俺は骨壷を差し出した。志威はそれを受け取る。
「これは?」
「――――羅豪、です」
志威は息を呑んだ。
しばらく黙り込んでいたかと思うと、悲しげな瞳で俺を見る。
「わざわざ届けてくれたのか。……ありがとう」
「いえ」
「そうか。あいつ、死んだのか。もう10年、顔も見てないけれど。ただ風の噂で聞いていたよ、あいつが戦士になったってこと。そして高等戦士の位についた。ここは辺鄙な場所だけど、それくらいの噂はやって来る。特に俺はよく村の外に出かけるから」
だから、と言いつつ志威は座り込む。
「戦士という職業だ。危険な仕事もあるだろう。いつか死ぬのではと思っていたが――」
骨壷を見つめる。
彼はそれをそっと撫でた。
「なぁ正直に教えてくれよ」
震えるその声が、悲しかった。
「あいつは罪人として死んだのか」
俺はなんと言っていいのか分からず、俯く。
志威は笑った。
「火葬されたのはそういうことなんじゃないのか?」
「…………」
土葬の国が圧倒的に多いが、遺体をそのままの状態で故郷に届けるのは気が引けた。
羅豪の火葬を指示したのは俺自身だ。ブルーセフィアの国王はそれを許さなかったが、頼み込んで許可を貰った。
「斬首刑だった」
俺は答えた。志威の表情がわずかに揺らぐ。
「斬首――首を晒さず火葬してくれたのはあんたの慈悲か、“氷水様”」
「知って…?」
「高等戦士である羅豪を呼び捨てにするから。それに噂で聞く水将帝様の容姿と一致するしな」
「羅豪は俺の部下だった」
「では何故あんたはあいつを止めてくれなかった?」
志威は立ち上がる。
「誰かがあいつを止めてくれていたら、あいつが死ぬことはなかった」
そこまで言うと彼ははっとして俺に頭を下げた。
「すまない。どうかしていた。情けないよな、もう充分な大人があんたみたいな若い奴に責任をなすりつけるなんて」
「…………」
「話してほしい。羅豪はどんな罪を犯した?」
歴懐直属の水の五等戦士・神楽。
彼もまた羅豪の故郷にやって来ていた。氷水を追って来たのだ。
しかし村に踏み入ることをせず、村からわずかに離れた場所に降り立って羅豪のことを思い返していた。
「羅豪様…」
羅豪は神楽にとって恩人だ。5年前、神楽の故郷である村が国王からの焼き討ちに遭い、全焼した。神楽はその時の唯一人の生き残りだ。
おそらくそれは神楽の中に眠っていた水の能力のおかげでもあったのだろう。しかしそのまま火に囲まれた村の中にいれば勿論死んでいた。
それを助けてくれたのが歴懐に命を受けてやって来た羅豪だったのだ。羅豪の仕事は生存者の保護とそれ以上火が広がるのを防ぐことだった。
「お前しか、助けてあげることができなかった」
ベッドに横たわりながら、神楽は羅豪の声を聞いた。
神楽の目から涙がこぼれる。
「おじさんの…所為じゃない…! 悪いのは国王だ!!」
「宗教弾圧、らしいな」
「……そうだよ。僕たちの村で信じられてる神様が国王より偉いって言われてるからって…別に僕たちは国王に逆らうとか、そんなこと全く考えてなかったのに…!」
「それでも村は滅ぼされた」
「どうして…っ」
「権力が王にあるからだ」
神楽は言葉を失った。
あんな、苦しみを、国王は、知らないくせに、それでも、それを与える力が、王には、あって。
神楽の頭の中に、フラッシュバックする場面。
村が、家が、人が、焼けていた――残酷なまでのその光景。
『助けて……』
喉がからからで、上手く声が出なかった。
『助けて…!!』
ようやく出した叫びも、炎の唸り声に掻き消された。
助けて、人が死んでいく。
皆が――死んでいく。
どうして俺は死なないんだろう――。
そんなことはどうだっていいんだ。
でも今の俺には、皆を助けられるだけの力がないから。
だから、助けて。
助けて…!!!
「大丈夫か?」
神楽ははっとした。羅豪は言う。
「もうお前は助かったのだ。何も恐れる必要はない」
「でも…皆…もういない…! 殺されちゃった……っ」
「ではお前も権力を身につけろ。いくら力があっても、人の世を生きていくには権力が絶対的な効力を持つ。お前の国の王だって大した力もないくせに、命令1つで村を滅ぼせたようにな」
「権力――どうしておじさんは、そんなにも……!」
「権力さえあれば、守れるものだってあるのだ」
「そうか。羅豪はそんなことを。フォローのしようもないな」
志威は苦笑した。
「なおさら、責めたりして悪かった。あんたは羅豪に殺されようとしていたのに」
俺は首を振る。
「いや、俺ももっと、彼のために何かができたかもしれない。それを思うと辛い」
何もない場所。かつて羅豪が暮らしていた土地のはずなのに何もない。
彼が生きていた証は、一体どこにあるのだろう。
志威は穴を掘り始めた。骨壷を埋めるつもりのようだ。
「野心なんて、持つような奴じゃなかったのになぁ……」
ふと呟いた声は、俺の耳にも届いた。
「人は変わるのかな…。あいつに能力なんてなければ良かった。そうすれば村の皆の期待を背負って、出稼ぎに行く必要もなかったんだ」
「志威さん……」
「愚かな考えなど起こして、あいつは馬鹿だ。罪人として汚名を残すなど最低のことをした。不相応な望みを持って、力に溺れ、地位に欲が出て――」
「違うんです!」
声がした方を見ると、神楽が現れた。
驚いた。完全に気配を消していたようで、一体いつから傍にいたのか分からない。
「あんたは?」
志威が訊いた。
「わ…私は水の高等戦士、神楽と申します! 違うんです、あの方は……!」
泣きそうになりながら志威に近づく。
「あの方は欲に目が眩んだわけではないんです! ただ悲しい過去があって、その所為で権力を欲しただけなのです! そうやって最低などと――確かに羅豪様は罪を犯しました! でも羅豪様の生まれ故郷で暮らす貴方たちだけは、どうか、羅豪様のお心を汲んでさしあげてはいただけませんか…!!」
神楽は志威の前で膝を折った。
「どうか貴方たちだけは…羅豪様を責めるなんてこと、しないではいただけませんか!」
俺はしゃがんで神楽の肩に手を置いた。
少年の必死な思いが伝わってくる。
分かっているよ、神楽。
羅豪が悪人でなかったことぐらい。ただ地位を欲するだけの浅はかな男でなかったことぐらい。
きちんと分かっているよ。
だからそんなに泣くな。
「悲しい、過去?」
志威も屈み、神楽に問う。
「それは優李と関係があるのかな」
「名前は……存じ上げておりません…。ただ、羅豪様が愛した方だと……」
「ああ、だったら優李のことだろう。彼女はどうしているのか、羅豪も彼女も全く村には帰ってこないし、いつの間にか彼女からの手紙も途絶えたから分からないんだ」
「亡くなったそうです……体を壊してまで戦場に出る彼女を、羅豪様は止められなかった。命令にも従わなければならなかった。戦場に出るという命令に。羅豪様は力よりも権力が真に力を持つことを、その時思い知ったのです…!」
だから俺を陥れようとしたのだろう。
自らが水将帝となるために。
今自分が水将帝となったって恋人は戻っては来ない。
今自分が水将帝となっても、特にしたいことがあるわけではない。守りたいものがあるわけではない。
それでも恋人が死んだときに強く願ったんだ、“権力が欲しい”と。
羅豪はその思いを遂げることが彼女の供養になると信じた。
「そうか」
志威は呟いた。
その表情からは何を思っているのか読み取ることができない。
「帰ろう、神楽」
俺は神楽を立たせ、志威に礼をする。
――少なくともお前の思いは、俺には伝わったから。
きっと志威にも伝わっていることだろう。
そして羅豪の死ぬまで願った強い思いも伝わっているに違いない。
志威の心にそれが残ったのなら、羅豪が生きた証のないこの故郷に、彼は戻ることができたのではないだろうか。
俺は神楽と共に飛獣に乗って空へと舞い上がった。
ふと村を見下ろすと、志威は深々と俺たちに礼をしていた。
俺も彼には見えないのを承知で礼をし、静かにその土地を離れた。PR
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