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還空論 HP「SECRET GAME」の付属ブログです。日記や小説。 ただしここでの小説には、あまり計画性がありません; HPの小説の番外編もあります。
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 「またいないし」
 現時刻6時15分。目を覚まして隣の布団を見ると、同居人であるイギリス人、レイスの姿は無かった。
 俺たちがアパートを借りて暮らし始めてからもう1週間経つ。この社会では何かと身分証明が必要らしいが、レイスはどうやったのかそれを作っていた。さすがに俺の身分証明は難しく、しかし金に物を言わせてレイスは俺を学校へと入れた。
 この年代の日本の仕組みをレイスから教わり学校に通い始め、3日経つ。しかし相変わらず慣れない上に日本語が読めない所為で授業というものもよく分からない。その辺はイギリス育ちと学校に説明し、プリントは特別に英語教師が作ってくれるなどして待遇はいい。
 “学校”というのはそういうところなんだ、と思った。夕華が言っていた通り悪いところではない気がする。ただ想像とは随分とかけ離れていて戸惑いはする。教室という空間にたくさんの人数がいて勉強するという図は、まだ当分慣れそうにない。
 そしてこの3日間、俺が朝起きるといつもレイスは出かけていた。帰るといるが、こんなに朝早くから一体どこに?
 そんなことを考えながら俺は朝ご飯を食べ、外に出た。
 そしてまた考える。
 俺はここで何をすればいいんだろう。
 意味が無いじゃないか。何もすることがない。ここで生きる意味がない。あるとすれば――。

 “知りたいと思わない? 日本がどういう国だったか。もっとたくさんのこと”

 夕華……!
 「知りたいよ…知りたかったけど…! 現実を突き付けられるとそんな気分になれないんだ。これはやっぱり幻じゃないかと思えて……本当に日本だと信じられなくて」
 コンクリートと砂漠。灰色の建物。俺の知っている日本にはそれだけしかなかったのに。信じられない。いっそ代わって欲しい。
 でも死んだ。彼女は死んだんだ、俺の代わりに。
 「朱月?」
 突然名前を呼ばれて俺はびくついた。
 「朱月だよな、俺覚えてる? クラスメートなんだけど」
 「あ……えっと」
 クラスメートらしい男子生徒が1人駆け寄って来た。
 「萩野(はぎの)薫(かおる)だよ。びっくりした、朱月もここが通学路だったんだな」
 「萩野……ああ!」
 そんな奴がいたとは思いだせたが返答に困った。“通学路”? また初めて聞いた言葉が出た。
 「ついでだし一緒に行こう」
 萩野は俺ににっこりと笑いかけた。
 何故だか俺は、笑い返すことができなかった。


 教室に入ると空席が自然と目についた。3日間誰も座っていなかった席。欠席者のものだとは聞いているが、今日は来るんだろうか。
 その席の隣が俺の席。
 空席をじっと見ていたら萩野が言う。
 「気になる? その席の持ち主。安心しろよ、可愛い子だからさ」
 「ふうん」
 萩野が何か言いかけようとしたとき、勢いよくドアが開いた。
 「おはよう!」
 女子たちが騒ぎだす。と同時に、俺の心臓も大きく揺れた。
 「莉華(りか)、もう風邪いいの?」
 「うん、ばっちり」
 その声の主はまっすぐに空席だったところへと向かってきた。
 ――聞きなれた声。あまりに似すぎて、本人のものとしか思えない。
 「あれ? 貴方誰?」
 俺はこの声に似た人を2人知っている。そして――。
 俺はその人を見た。
 この顔に似た人も、2人知っている。
 泣きそうになるのをこらえるために、俺はすぐに目をそらす。
 「ちょっと!」
 「小島(こしま)、こいつ転校生だよ」
 萩野が言った。
 「そうなの?」
 小島莉華はそのまま席に着いた。
 今ここで泣くわけにはいかない。懐かしくても泣いちゃいけない。
 “莉華”、それは夕華の母親の名前だ。顔も、声も、夕華は母親によく似ていた。
 「ねえ、具合悪いの?」
 「………何を」
 「ずっと俯いて。保健室行く?」
 「いや、大丈夫。大したことないから」
 今やれるだけの笑顔を作った。
 心配されたら切なくなる。戻りたくなる。どうしようもないけれど戻りたくなる。“未来”に。戻ったって2人とも死んでいるのに。
 だから今は話しかけないでくれ。
 お願いだから。
 俺はいっそう俯いた。
 「やっぱり無理してるんじゃ――」
 「うるさい!!」
 教室が静まり返った。皆が俺に注目している。
 俺は決まりが悪くなって席を立ち、彼女に小声で言う。
 「ごめん……」
 そして教室を出た。
 怒鳴ったことを後悔する。何も怒鳴らなくても良かったんだ。
 「朱月!」
 萩野が追いかけて来た。
 「どうしたんだよお前、小島はただ心配して」
 「分かってる」
 「……お前…」
 萩野は近寄って来ながら俺の顔を見て、躊躇うように足を止めた。
 「泣いているのか?」
 『彼は泣いているわけじゃない』
 また、あいつの英語が突然聞こえて来た。
 そいつはふっと現れたかと思うと、俺の頭に手を置く。
 『少し感傷に浸っているだけだ、心配するな』
 「え……? 何を言ってるのか……」
 萩野は当惑する。
 『レイス!』
 俺はレイスの両腕を掴んだ。
 『戻りたい』
 レイスは冷静に答える。
 『でも戻るなんて不可能だ』
 『帰りたい! 仲間を殺す前に! 夕華が殺される前に! “ここ”よりも、もっと“後”に――』
 『落ち着け、ここは学校だ』
 俺はその場にしゃがみ込んだ。
 「大丈夫か、朱月」
 萩野が駆け寄って来る。
 『会いたいよ、夕華』
 この時の唯一の救いは、萩野があまり英語が得意ではなかったことだ。

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 信じられないくらいの人間、ジープ以外の車、おびただしいほどの建物、キラキラ光るよく分からないもの。初めて見るものばかりだ。
 最初は身動きできなかった俺も大体のことは掴めた。この過去の日本でのルールや常識というものをいろいろと観察して理解できた。車と人は別々の道を行くことや、赤や青に光る指示器のようなものもきちんと分かった。
 ただ、苛々する。
 あちこちにある日本語が、俺に“それでも日本人なの?”と問いかけているようで――苛々する。
 俺は日本人だ。そう、日本人なんだ。
 「なぁちょっといいか」
 いきなり肩を叩かれて俺は振り向いた。
 「何?」
 「用があるんだけどさ。黙って来てくれよ」
 3人の男。髪は茶と金と黒で背が高い。3人とも黒い同じ服を着ている。軍服に似ているがどことなく違うようだ。なんだ?
 彼らは強引に俺の腕を引っ張った。
 「放せよっ」
 俺がそう言うと彼らは立ち止まって言う。
 「んじゃ今すぐ金貸してくれよ。抵抗すっか? こっちには3人いるんだぜ」
 「金……?」
 “金”って何?
 「渡す気ないんなら痛い目見ることになるぜ」
 人気のない路地裏に押し込まれる。
 「何するんだよ」
 「だから金をくれって言ってんだろ!」
 だからその“金”って一体何なんだよ。
 『Hey! Guys! お前ら何してんだ?』
 英語?
 確かにこれは、まぎれもなく英語だ。
 「なんだ? 外人!?」
 3人は思わず一歩引く。
 「嘘、だろ?」
 『これ、偽物だと思うか?』
 銃を構えているその男は見覚えのある奴で。
 「英語じゃ何言ってんのか分かんねーよ!」
 俺は言う。
 「“偽物だと思うか?” あいつはこう言ったんだ」
 「偽物に決まってんだろ!」
 誰かが怒鳴った。俺はイギリス人の男に言う。
 『それ貸して』
 彼は笑って俺に渡した。受け取ると銃を3人のうち1人の頭につきつける。
 「試してやろうか?」
 彼らが逃げたのは言うまでもない。
 俺はため息を吐いた。
 「なんだったんだ、今の。それに」
 俺は男を凝視する。
 『お前』
 『また会ったな』
 『説明しろよ! ここはどこで! どういう世界なのか!』
 男は微笑しながら座り込んだ。俺はとりあえず隣に座る。
 『本当は分かっているんだろう? それでも聞いてくるってことは自信が無いのか? でもまあ、無理もない』
 『じゃあ、やっぱり……!』
 『そうだ、ここは日本。俺たちがいた“今”から“20年以上前”の日本だ。お前が生まれる前でもあるな』
 『20年、以上、前――』
 どうしてそんな時代に来たのかと疑問はあったが、今は特に気にしないことにした。過去に来たという事実、それだけで頭の中で自分の感情を整理するのに精いっぱいだ。
 『あんたはどうしてここに?』
 『俺か?』
 男はしばらく考え込んでから答えた。
 『お前と同じだ。“今”でへまをして実験台にされた。俺たちはラッキーだったな、成功して。だからこそ命がある』
 俺は無言で返す。
 『まぁ気楽にいこう。送られたものは仕方がないだろ。ここで生きるための術を見つけないことには話にならない。どうする? お前は』
 『どうするって?』
 『俺についてくるか? どうせ何も分からないんだろう。お前は“終わった後の日本”しか知らないからな』
 きっと、俺がさっきいろいろと観察して得た情報なんて、ほんのごくわずかな情報に違いない。だったら、返事は決まっている。
 『行く』
 『案外素直だな。良かった、俺もお前がいなくちゃ困るんだ。なんせ日本語は難しくてな』
 『――いろいろ、教えてくれよ』
 『それは勿論。俺はレイス。イギリスの元軍人だ。お前の名は知っている、朱月桜夜……だったよな』
 『そうだ。桜夜』
 誰がつけてくれたのかも知らない、俺の名前。
 レイスは立ち上がり背伸びをした。
 『それじゃあこの社会のこと、説明しながら歩こうか』
 『ああ』
 ふとポケットに何か入っているのに気づいた。取り出すとそれはしわくちゃになった手紙で、英語で実験の真偽を確かめるために2024年、あの場所へと来いという指示だった。
 馬鹿じゃないのかと正直思う。俺は日本が終わる時、死ぬかもしれないのに。
 それを細かくちぎって地面へとばら撒き、レイスの後を追った。

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 ああ、嫌だな。夕華が死んで、かつての仲間を殺して、逃げて捕まって実験台にされて。
 流されている自分が嫌だ。
 ――涙が出ない自分が嫌だ。
 夕華はいつだって幸せを望んでいたのに。だからずっと守ろうとしていたのに。なのに壊れた。壊した……壊された。
 俺たち2人は今のままで十分だった。だって今の日本でない、過去の日本を知らないから。
 ああ、嫌だな……。



 『すまなかった、無理を言って。そしてありがとう』
 『どういたしまして』
 男は女2人と共に実験室を出たとたん、即座に礼を述べた。
 『見事だった』
 『当り前じゃない。あたしたちの研究は本物だもの。部屋の中の至るところに埋め込んだ装置を使って、時空を歪ませる。こんな格好して魔法みたいに見せてるけど、データも取って立証された科学なのよ。失礼しちゃうわ、“成功の保証などないに等しい”だなんて』
 男は微笑んだ。
 『よく知ってる。俺の所為で君たちの信用を落としてしまって申し訳ない。でも“失敗”ということにすればあいつは自由だ』
 『あの程度の客はどうってことないわ。贔屓してくれる人なら他にもたくさんいるもの。気にしないで』
 女の1人がそう華やかに笑うと、男は静かに言う。
 『では俺も送ってくれ。勿論、彼と同じ時代に』
 女は固まった。あまりにもあっさりと言い述べた彼の言葉を頭の中で必死に理解する。
 『どう、して……?』
 男は声を低くした。
 『借りがあるんだ』
 『借り? 貴方、分かっているの? 行ったら戻って来れないのよ? だって時空を歪ませる装置は、今この時代のこの場所にしか存在しない!』
 『分かっている。でも彼はきっと見知らぬ土地に迷い込んで当惑しているに違いない』
 『それは……そうだけど。でも貴方がそこまでしなければならない“借り”って――』
 女は言葉を止めた。小さく息をして、男をじっと見据える。
 男は無言でライターで煙草に火をつけ、口にくわえしばらく吸った後口から離した。
 ふっと煙を吐いて、女を責めるように見る。
 『君は俺を過去に送りさえすればいいんだ』
 女は黙って頷くしかなかった。



 聞いたこともないような音が、そこら中から溢れるほど耳に飛び込んできた。

 どれくらいそこで固まっていたのかは分からない。
 何を考えればいいのかも分からない。
 気がつけば俺は木がたくさん並んでいる広場の砂の上に転がっていた。そしてその広場は、たくさんの灰色の建物に囲まれている。
 震える手でそっと地面を触ると砂のザラッとした乾いた感触がした。
 「固い」
 砂漠なんかじゃ、ない。俺は立ち上がって近くの木の幹に触れてみる。
 「これが、木」
 初めて見て初めて触った木。昔夕華のお母さんに描いてもらったのにそっくりだ。
 「どこだよ、ここは……!」
 頭を幹に押し付ける。
 「冗談だろ? まさか本当に過去に来たって言うのかよっ。何をすればいいんだよ、分かんねーよ……」
 他にもいろいろぶちまけたいことがあったけれど、みっともないような気がしてやめた。大きく呼吸をして頭を幹から離す。そして改めて周りをじっくりと眺めた。
 「ここは、過去の日本」
 どうにもこうにも信じられないがそういうことに決めた。ここは日本なんだ。夕華のお母さんや、夕華から何度も聞かされた“終わる前の日本”なんだ。
 そう思うと急に心臓が高鳴り始めた。
 「確かめてやる。本当に幸福で、裕福な国だったのか…!」
 そうは思ってもどうすればいいのかさっぱり見当がつかなかった。大体周りにそびえ立っている建物は何なのだろう。あちこちから聞こえる騒音の正体は? そこに人間がいるのだろうか。
 とりあえずこの固い砂漠の広場から出ることにした。歩きながら違和感を覚える。歩く度にザッザッという足音は、コンクリートの上を歩いていたら決して起こることのない音だ。そして砂漠を歩いている様に、靴が沈むことがない。
 広場から出る出口のようなところに小さな花がたくさん咲いていた。
 「花?」
 1度だけ実物を見たことがあった。イギリス人が持っていたそれよりはるかに淡い色を放ったその花々を見て、切なくなった。
 夕華に見せてあげたい。
 そう思うと泣きそうになった。
 「お兄ちゃん、どうしたの?」
 立ったまま俯いていた俺の顔を小さな女の子が覗きこんできた。俺はしゃがんでその子と目線を合わせる。
 「なんでもない」
 今まで自分や夕華が一番年下だったから、自分より年下の人間を初めて見た。
 「お兄ちゃん、泣かないで」
 「……ありがとう」
 小さな手が俺の頬に触れた。
 「ばいばい、お兄ちゃん」
 女の子は笑顔で手を振ってどこかへと走って行ってしまった。



 『本当に、いいのね?』
 『しつこい』
 男は突き放すように言った。女は泣きながら訴える。
 『恋人(あたし)を捨てるの? レイス!』
 女は自分の顔を覆い隠すようにかぶっていたケープを外した。アジア的な顔が現れる。
 『あたしが日本人だから? だから捨てるの?』
 レイスと呼ばれたその男は、ただじっと黙っていた。
 『何か言って! でないとあたしが本当に惨めじゃない!』
 叫ぶように女は泣いた。
 『ルカ……』
 レイスはルカの髪に触れる。
 『髪を元に戻すんだ。金髪である必要なんてない。綺麗な黒に戻すんだ』
 『嫌よ、戻したら本当に行ってしまって……戻って来てくれないんでしょ? 絶対に嫌! 行かないでっ!』
 『駄目だ、もう決めたんだ』
 しがみつくルカの腕をそっと外した。
 『送ってくれ』
 『………』
 『お願いだ』
 『……聞かせてよ。あたしのこと、本当に好きだった?』
 『―――』
 『ねえ!』
 レイスは一呼吸置いて、言った。
 『勿論だ』
 『……良かった』
 『待ちたいなら待っていればいい。俺がもう一度君の前に現れるのを。それがいつになるかは分からない。今すぐかもしれないし、何年も経った後かもしれない。分かるのはもしも現れたとしたら、それは50過ぎのおやじになっているってことだけだ』
 ルカは頷いた。そしてパートナーの女を呼ぶ。
 『やるわ』
 『ああ。さようなら、ルカ』
 レイスは横になって再び言う。
 『さようなら』
 『レイス!』
 パッと光があふれ、もうすでにレイスの体はなくなってしまっていた。

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