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還空論 HP「SECRET GAME」の付属ブログです。日記や小説。 ただしここでの小説には、あまり計画性がありません; HPの小説の番外編もあります。
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 『時間が、無い』

 時間が欲しい。
 まだ死ねない。
 こんな風に死んではいけない。
 でなければ何のためにルカを突き放したんだ?
 何のためにルカを傷つけた?
 何のために自分の情(きもち)を殺した?

 レイスの瞳に自然と涙があふれた。
 『時間をくれ。俺から奪わないでくれ。俺は自分が死ぬ瞬間(とき)を、既に決めているんだから――』

 こんなところでは死ねないんだ。


 『レイス!』
 病室の外から俺は叫び、中へ入った。
 レイスは驚いたように俺たち3人を見比べ、笑う。
 「心配して来てくれたのか? ありがとう、そこに座るといい」
 言われた通り俺と莉華と萩野は椅子に座った。
 「あの、さ」
 心臓が大きく鳴っている。
 「どこか悪いのか?」
 レイスは不思議そうな顔をして俺を見た。
 「どこかって……どこも? ただの貧血だ、気にするな。明日には退院してくるから、部屋は汚すなよ。洗い物はマメにやれ」
 当然というような声の調子で返され、俺は次に出すべき言葉が見つからなかった。
 どこか無理をしてないか?
 でも俺には分からない。
 分からせて――貰えない。

 俺の胸の中を、妙な虚しさが埋め尽くした。

 「お前は……いっつもいっつも!」
 何かが爆発したように、俺はレイスを睨みつけて怒鳴る。
 「ふざけんな! 俺だってお前の心配くらいするんだよ! なんだよいつもいつもお前は俺のこと知ってんのに自分だけ黙って! いい加減にしろ! 無理してるってバレバレなんだよ、心配かけたくないだろうけどもうすでにかけてんだよ! 俺が――」
 「桜夜……」
 莉華の声ももう、上の空でしか聞けない。
 「俺がお前を心配するのがそんなに気に食わない? それとも俺が赤の他人で、“日本人”だから見下してんのか?」
 「朱月、何を言って……先生は日本人だからって見下す理由なんて」
 萩野が言うも、俺は無視する。
 「それならそれでいいさ。好きなだけ見下せよ。俺だって嫌気がさしてんだ、馬鹿で愚かで惨めで――なのに良平とか浩や有斗や澪みたいに妙なプライド振りかざすような奴らもいて、お人好しで優しくて夢ばっか見て死んでった夕華みたいな奴もいて、人を殺してまでのうのうと生きている俺だっている!」
 「桜……夜…?」
 「そうだよ、俺たちは皆馬鹿だよ、好きなだけ見下していいよ。でも」
 俺の目から涙があふれる。

 「俺にはもうレイスしかいないんだ」

 他に頼る人なんていない。
 もう心から信じられるのはレイスだけ。
 だけど、レイスは俺には心を開かない。

 こんなに悲しいことってないよ。

 「桜夜」
 レイスは静かに俺の名を呼んだ。
 「俺は日本人を見下したことなんて一度もない。寧ろ逆だ。日本人には感謝している。……特に、朱月夫妻には」
 「……朱月?」
 「君の両親だよ。俺がここに来たのは、朱月夫妻を探すためだ」
 レイスが、俺の両親を知っている?
 俺が1度も会ったことのない、両親を知っている?
 沈黙になると、意を決して莉華が口を開いた。
 「何の話をしているの? 私たちにはさっぱり意味が分からないよ」
 レイスはため息を吐く。
 「知らない方がいい」
 「先生、次は俺が切れるよ」
 萩野が言った。
 その言葉にレイスは微笑みを浮かべ、再度ため息を吐く。
 「困った生徒たちだな」
 そして視線を落とした。
 「全ては桜夜に聞くといい。俺はもう疲れた。少し1人にしてくれないか」
 そうだ、レイスは倒れたから病院に来たんだ。
 「分かった。お大事にな、レイス。俺はまだ訊きたいことがいっぱいあるんだ。しばらくしたらまた来るよ」
 「分かってるよ。それまで俺は寝てるから」
 レイスが静かに目を閉じると、俺たちはそっと病室を出た。

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 『何だって? 朱月夫妻の息子が消えた?』
 『ああ』
 2人の男が真剣な瞳で話し合っている。
 『待てよ、クランク。それは確かなことなのか?』
 『ミック。残念ながら確かな情報だよ。朱月桜夜は日本人4名を殺して逃走した後、処刑されたらしいんだ』
 『処刑? 馬鹿な! そんな報告はここには来ていない! 許可を出した覚えもない!』
 ミックは声を荒げた。
 『そこには……日本にはちょうどあいつらがいた』
 『あいつら……? あのオカルト集団か! 実験台を求めて日本に渡ったんだな!』
 叫び、息を整えた後、ミックは声を低くして言う。
 『で? そいつらをどうした?』
 『そんな怖い顔をするな。すでに捕らえて独房に入れてある。これからどうするかはお前次第だ』
 微笑みながらクランクは答えた。
 ミックは少し考え、言う。
 『独房に入れたままでいい』
 『やけに優しいな』
 『ただし食料(えさ)を一切与えるな』
 『……分かった』
 『なに、桜夜が見つかれば放してやるさ』
 クランクは敬礼し、不敵に笑う。
 『やっぱり優しいじゃないか。あ、そうそう。言い忘れたことがある』
 『まだ何か?』
 『レイスも消えた』
 『何だって!?』
 『朱月桜夜とほぼ同時刻。レイスはもしかすると、桜夜と共にいるのかもしれない』
 『…………分かった、報告ありがとう』
 クランクが出て行ったあと、ミックは大きなため息を吐いた。
 『レイスは、いつまで日本に縛られればいいんだ?』
 ここはイギリス。
 日本じゃない。
 レイスはイギリス人だ。
 『朱月夫妻のために?』

 簡単な口約束を、どうしてそこまで守ろうとする?

 『朱月夫妻、正直貴方がたが恨めしいですよ』

 レイスを我々から奪った、貴方がたが。

 ミックは親友の姿を思い描きながら天井を見つめた。
 『レイスにはもう、時間がないのに――』

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 「あいつが何か変なのは分かっていたんだ。なのに、俺は……っ」
 「悔やんでも仕方ないだろ。先生が“大丈夫”って言ったんだ。というか、変って気付いただけでもすごいって俺は思うけど。他の奴らはさっぱりだったろうし」
 萩野が言った。
 「気付いてただけじゃ何の役にも立たない」
 「しっかりして、桜夜。お見舞いに行こうよ。運ばれた病院を聞いて。無事な姿を見れば安心するでしょ?」
 莉華が言った。
 「もし、無事じゃなかったら?」
 泣きそうな目で訴える。
 「無事じゃなかったら俺はどうすればいい? あいつが、もしも死んでしまったら! 俺はもう二度と! 人が死ぬところなんて見たくない!」
 「“死ぬ”って大げさだなぁ」
 そう言った萩野を、俺は睨んだ。
 莉華も慰めるように言う。
 「そう簡単に人は死なないと思うよ。レイス先生を信じようよ」
 「……そうかな」
 死んでしまうんだよ、それが。
 「莉華だって――」
 俺は咄嗟に口を結んだ。
 「私?」
 「何でもない」
 言っては駄目だ。これは未来のことだから。
 莉華が俺と夕華の目の前で死んでしまうのは、ずっと先のことだから。
 「ほら、立てよ朱月。行くぞ」
 「行きたくない」
 「立て!」
 萩野は俺の腕を引っ張って無理やり立たせた。
 「ったく、仕方ない奴」
 「行こう?」
 莉華の言葉に、俺は黙って頷いた。



 飛行機の音がする。
 『日本がもうすぐ“終わる”!』
 そこら中から溢れる声。
 『早く日本人以外の人間を飛行機へ! 飛ぶぞ!』
 乗らなきゃ。
 『これが最後だ! そこの君、早く乗れ!』
 俺にそう言った人は、さっと飛行機に飛び乗った。小さな飛行機だ。もうこれしか残っていない。
 この飛行場に来るのが遅くなった所為だ。既に人がぎゅうぎゅう詰めにされている。小さな飛行機にそんな状態になるなんて危険だ。俺はこれに乗れるのだろうか。
 とりあえずと思ってその飛行機に近づくと、白衣を着た日本人が2人、赤ん坊を抱いて立っていた。
 『坊や、君もかい? 困ったな』
 飛行機の音で聞こえにくいが、なんとか聞き取る。
 ついさっき飛行機に乗り込んだ人が顔を出して、俺たちに向かって叫んだ。
 『どう頑張ってもあと2人分のスペースしかない。ただでさえもう無理やりに乗り込んでいる状態なんだ。いっぱいいっぱいでどうしようもない』
 あと2人分。最後の一機に、あと2人だけしか乗れない。
 それを聞いた彼らのうち女の人の方が言う。
 『では決まりね。坊や、貴方が乗って。私たちはここに残るわ』
 “ここに残る”――それはすなわち、死を意味する。
 『待って下さい、俺は乗れません! 貴方たちが乗って下さい!』
 俺は言った。
 乗れるわけがない。
 咄嗟に考えてしまった。
 俺なんかより、この2人が生き残った方が世の中のためになるんじゃないかって。
 日本人なのにこの米軍基地の飛行場に来れたのは、日本から離れることを許可されたに違いない。
 『誰でもいい! 急いで乗ってくれ!』
 怒鳴り声が聞こえた。
 赤ん坊の泣き声も響く。
 俺と、おそらく夫婦である2人は、しばらく沈黙した。
 重苦しい空気が続くと、女の人がまた口を開く。
 『乗りなさい』
 『でも……!』
 彼女は俺に近づいてくると、赤ん坊を差し出した。
 俺は彼女の白衣についているネームプレートを読み取る。
 『Akatsuki……?』
 『ええ、そうよ。そしてこの子はSakuya。朱月桜夜。それがこの子の名前。君に任せてもいいかしら?』
 言葉も出なかった。
 受け取るしかなかった。
 だって2人が、笑っているから。
 これから死ぬかもしれないのに、笑ってるから。
 『急げ!』
 また怒鳴り声がした。
 『さあ、早く乗って!』
 彼女に背を押され、泣きじゃくる赤ん坊を抱え、飛行機に乗り込んだ。
 俺が入ると同時にドアが閉まる。
 俺は赤ん坊を抱きしめて窓の外を見た。

 2人は笑顔で、俺たちに手を振っていた。

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