還空論
HP「SECRET GAME」の付属ブログです。日記や小説。
ただしここでの小説には、あまり計画性がありません; HPの小説の番外編もあります。
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「こんにちは」
夜だった。
背後から声をかけられ、ラースは振り返って答える。
「こんばんは」
そこにいたのは、自分よりも少し上の年頃の少年だった。
月明かりで互いの顔がよく見える。
少年は手を差し出した。
「俺はハーリィ=アーチャー。よろしく」
「ラース=プラスです」
しっかりと握手する。
しかしラースには不可解だった。こんな夜に、何故少年に突然声をかけられ、自己紹介をされなければならないのか。
「こんな夜に何をしてんの?」
「散歩です」
「物騒だろ、暗い中歩いてちゃ」
「貴方に言われたくはありませんね」
ラースは微笑んだ。ハーリィの穏やかな雰囲気に、邪険にする気は起きなかった。
いつの間にか、肩を並べて歩き出す。
「目的地とかあるの?」
「特には。街中を一周したら帰ります」
「どこに?」
「あちらにです」
ラースはある方向を指差した。
2人がいる場所からは建物自体は見えないが、その方角にはアメリカ軍カリフォルニア支部がある。
「軍人さん?」
ハーリィは特に驚く様子もなく訊いた。当然だ。彼はその事実を既に知っている。
知っていて近づいたのだから。
「ええ、そうです」
「アメリカ人、だよな?」
「こんな外見ですが、戸籍上はアメリカ人ですよ。確かに父も母も日本人でしたが」
「じゃあ日本人の名前も持っているんだな」
「――ユウキ。ナカガワユウキと言います」
「ユーキ」
「そうです。もうその名を呼ぶ人はいませんが」
「死んだの?」
「そうですね。でもどうして死んだのかは覚えていないんです」
「……悲しいな」
ラースは沈黙した。
それでも予定通り散歩を続ける。
そして支部の傍まで戻ってくると、またハーリィに話しかけた。
「私に近づいて、何か役に立ちましたか?」
「……どういうこと?」
「イギリス軍本部きっての暗殺部隊SSE、その隊長のハーリィ=アーチャーでしょう? “人望溢れる少年隊長、しかし暗殺時にはその血も凍る”――貴方の噂はアメリカでも評判です」
「これは失礼だったかな。どうせ知るわけがないと本名を名乗った。軍に入ったばかりの子どもだからと甘く見た」
「先の大戦でも大活躍でしたね」
「あれはそちらの国のケイ=カドマがね」
「今日は何の御用事で?」
「ラース=ナカガワへの、暗殺命令が出ていたから」
わずかな緊張が走った。
でもラースの笑顔は崩れない。
「それを遂行する気は?」
「ないよ」
「何故?」
「理由が分からない」
「でも貴方はここまで来た。イギリスから、このアメリカへと」
「一応殺すつもりで来た。だけど実際こうして話すと、やっぱり理由もなく殺せない」
「評判の暗殺部隊隊長とは思えない台詞です」
「じゃあ俺だって言うよ、お前は狙われている奴とは思えない行動をする。俺に仕事が来たとき、“既に何人か送りこんだが失敗した”と言われたんだ。既に何度か狙われて、命の危険があることは承知だったんだろ?」
「力試しと言いますか。自分できちんと処理ができなければ、この先軍人としてやっていけるとは思えなかったんです」
「だからこうして、わざと狙われる舞台を?」
「ええ。ですが貴方ほどの方がいらっしゃるとは思いませんでしたよ。どうやら私の命には、私が思う以上の価値があるようです」
「何故だろうな」
「……何故でしょうね」
「どうでもいいけどな。どうせ俺はお前を殺さないし。俺たちいい友だちになれると思うんだ」
ラースはさすがに目を丸くした。
「友だち……?」
「お前みたいに度胸があって潔い奴好きなんだ。友だちになろう? 俺こういう仕事してるから、あまり同年代の友だちとか今いなくて」
「敵同士なのに」
「国はな」
「近いうち私は死ぬかもしれません」
「そんなことないだろ。……嫌か?」
「そんなはずありませんよ。敵国に知り合いがいるのもまた、この先役立ちそうです」
「はっきりと言うなぁ。まあ、利用されるくらいいいけど」
ハーリィはもう一度手を差し出した。
ラースはそれを、しっかりと握り返す。
「じゃあ、生きろよ」
ハーリィはそう一言言うと、連絡先を書いたメモを残して姿を消した。
「っていう感じでしたかねぇ……」
話を聞いていた蛍は、呆れたような顔をしている。
ここはカリフォルニア支部内の小さなミーティングルームだ。休憩中にこの部屋で2人でコーヒーを飲んでいるところだった。
「お前もハーリィもおかしい」
蛍ははっきりと言った。
「妬いているんですか? 蛍。自分が友だち作るの下手だからって」
「違……っ」
「ハーリィとどうして友だちになったのかと訊くから答えたのに、おかしいと言われるのは心外です。第一、命を狙ってきた人間を自分の護衛にした貴方に言われたくありません。その上副官にまでしておいて」
蛍はぐっと言葉を飲み込んだ。
そう言われればそうだ、と自分のしたことを振り返る。
「俺も変わり者の1人か」
「違うとでも思っていたんですか?」
そこに噂の副官、エドワードがやって来た。
「2人ともここにいたんですか。少佐、ブランバーグ大佐がお呼びでしたよ」
蛍はため息をついて立ち上がった。
そして空になったコーヒーの缶をエドワードに渡す。
最後にラースを振り返った。
「知り合った経緯はどうであれ、お前がアメリカを裏切らないのであればいい」
「私がアメリカを裏切ってイギリスに与する? ――ありえませんね」
その返事を訊くと、蛍は満足げに出て行った。
残されたラースも笑顔になる。
ありえないでしょう。
アメリカに、父と貴方がいる限り。
夜だった。
背後から声をかけられ、ラースは振り返って答える。
「こんばんは」
そこにいたのは、自分よりも少し上の年頃の少年だった。
月明かりで互いの顔がよく見える。
少年は手を差し出した。
「俺はハーリィ=アーチャー。よろしく」
「ラース=プラスです」
しっかりと握手する。
しかしラースには不可解だった。こんな夜に、何故少年に突然声をかけられ、自己紹介をされなければならないのか。
「こんな夜に何をしてんの?」
「散歩です」
「物騒だろ、暗い中歩いてちゃ」
「貴方に言われたくはありませんね」
ラースは微笑んだ。ハーリィの穏やかな雰囲気に、邪険にする気は起きなかった。
いつの間にか、肩を並べて歩き出す。
「目的地とかあるの?」
「特には。街中を一周したら帰ります」
「どこに?」
「あちらにです」
ラースはある方向を指差した。
2人がいる場所からは建物自体は見えないが、その方角にはアメリカ軍カリフォルニア支部がある。
「軍人さん?」
ハーリィは特に驚く様子もなく訊いた。当然だ。彼はその事実を既に知っている。
知っていて近づいたのだから。
「ええ、そうです」
「アメリカ人、だよな?」
「こんな外見ですが、戸籍上はアメリカ人ですよ。確かに父も母も日本人でしたが」
「じゃあ日本人の名前も持っているんだな」
「――ユウキ。ナカガワユウキと言います」
「ユーキ」
「そうです。もうその名を呼ぶ人はいませんが」
「死んだの?」
「そうですね。でもどうして死んだのかは覚えていないんです」
「……悲しいな」
ラースは沈黙した。
それでも予定通り散歩を続ける。
そして支部の傍まで戻ってくると、またハーリィに話しかけた。
「私に近づいて、何か役に立ちましたか?」
「……どういうこと?」
「イギリス軍本部きっての暗殺部隊SSE、その隊長のハーリィ=アーチャーでしょう? “人望溢れる少年隊長、しかし暗殺時にはその血も凍る”――貴方の噂はアメリカでも評判です」
「これは失礼だったかな。どうせ知るわけがないと本名を名乗った。軍に入ったばかりの子どもだからと甘く見た」
「先の大戦でも大活躍でしたね」
「あれはそちらの国のケイ=カドマがね」
「今日は何の御用事で?」
「ラース=ナカガワへの、暗殺命令が出ていたから」
わずかな緊張が走った。
でもラースの笑顔は崩れない。
「それを遂行する気は?」
「ないよ」
「何故?」
「理由が分からない」
「でも貴方はここまで来た。イギリスから、このアメリカへと」
「一応殺すつもりで来た。だけど実際こうして話すと、やっぱり理由もなく殺せない」
「評判の暗殺部隊隊長とは思えない台詞です」
「じゃあ俺だって言うよ、お前は狙われている奴とは思えない行動をする。俺に仕事が来たとき、“既に何人か送りこんだが失敗した”と言われたんだ。既に何度か狙われて、命の危険があることは承知だったんだろ?」
「力試しと言いますか。自分できちんと処理ができなければ、この先軍人としてやっていけるとは思えなかったんです」
「だからこうして、わざと狙われる舞台を?」
「ええ。ですが貴方ほどの方がいらっしゃるとは思いませんでしたよ。どうやら私の命には、私が思う以上の価値があるようです」
「何故だろうな」
「……何故でしょうね」
「どうでもいいけどな。どうせ俺はお前を殺さないし。俺たちいい友だちになれると思うんだ」
ラースはさすがに目を丸くした。
「友だち……?」
「お前みたいに度胸があって潔い奴好きなんだ。友だちになろう? 俺こういう仕事してるから、あまり同年代の友だちとか今いなくて」
「敵同士なのに」
「国はな」
「近いうち私は死ぬかもしれません」
「そんなことないだろ。……嫌か?」
「そんなはずありませんよ。敵国に知り合いがいるのもまた、この先役立ちそうです」
「はっきりと言うなぁ。まあ、利用されるくらいいいけど」
ハーリィはもう一度手を差し出した。
ラースはそれを、しっかりと握り返す。
「じゃあ、生きろよ」
ハーリィはそう一言言うと、連絡先を書いたメモを残して姿を消した。
「っていう感じでしたかねぇ……」
話を聞いていた蛍は、呆れたような顔をしている。
ここはカリフォルニア支部内の小さなミーティングルームだ。休憩中にこの部屋で2人でコーヒーを飲んでいるところだった。
「お前もハーリィもおかしい」
蛍ははっきりと言った。
「妬いているんですか? 蛍。自分が友だち作るの下手だからって」
「違……っ」
「ハーリィとどうして友だちになったのかと訊くから答えたのに、おかしいと言われるのは心外です。第一、命を狙ってきた人間を自分の護衛にした貴方に言われたくありません。その上副官にまでしておいて」
蛍はぐっと言葉を飲み込んだ。
そう言われればそうだ、と自分のしたことを振り返る。
「俺も変わり者の1人か」
「違うとでも思っていたんですか?」
そこに噂の副官、エドワードがやって来た。
「2人ともここにいたんですか。少佐、ブランバーグ大佐がお呼びでしたよ」
蛍はため息をついて立ち上がった。
そして空になったコーヒーの缶をエドワードに渡す。
最後にラースを振り返った。
「知り合った経緯はどうであれ、お前がアメリカを裏切らないのであればいい」
「私がアメリカを裏切ってイギリスに与する? ――ありえませんね」
その返事を訊くと、蛍は満足げに出て行った。
残されたラースも笑顔になる。
ありえないでしょう。
アメリカに、父と貴方がいる限り。
地下牢に響く足音。
それは斎が予想した通り庚のものだった。
「斎……」
この人は本当に狂王になどなれやしない。
斎は改めてそう思う。
牢に入れた自分の臣下に度々会いに来るこの人は、やはり狂王ではないし、この先もなることはできないだろう。
「庚様…」
斎は牢の中に座り込んだまま、悲しい瞳で庚を見上げた。
「私は、貴方に味方するべきではありませんでした」
灯央様を、裏切るべきではなかった。
私は灯央様以上の狂王を知らない。
「この期に及んでまでそう言うか」
庚の凛とした声に、斎の体がわずかに震えた。
「言え、斎」
「……何をですか」
「お前の本心はどれなんだ」
「……私の…本心……?」
「言え、どれが本当のお前なのかを。本当のお前が、真に望むことは何なのかを」
「何を…!」
「早く言え。私はこれから発たねばならん。時間がない」
いつまでも口を開かない斎に、庚はため息をついた。
「私はもう行く。紅雪が攻めてきたのだ。あれは中央の大国だ。こんな小国をどうするつもりかは知らないが、お前もそれなりの覚悟をしていた方がいいだろう。この暗く寂しい、牢屋の中で」
庚の姿が消えたのを確認すると、斎は呆然とつぶやく。
「紅雪が……?」
懐かしい地。
家族と共に暮らした地。
兄と、その妻と。そしてその2人の間に生まれた幼い子どもと。
かつて暮らしていた国、紅雪。
紅雪に戻ることを禁じられたのは20年以上前か。もうどのくらい経ったのかよく分からないほど昔の話。
仕方がなかった。狂王などではない紅雪王に反発を感じて、私は無理な政策を勝手に行った。
追放されるだけのことをした。
そして、何より追放されたかった。
追放された私の足が向いたのは、この黄凱だった。
少年の頃試験に合格して官僚になった私は幾度かこの国を訪れていて、――私は、その度にお会いした優佳様と、今一度言葉を交わしたかっただけかもしれない。
「私は…何を考えている、私は…」
自らの手で優佳様を殺したからこそ、こうして牢の中にいるというのに。
愛していた。
これ程愛した女性は他にはいない。
なのに何故、私は殺してしまったのだろう……。
考えても考えても。
答えは遠く、闇の中――。
「“黄凱を救うため”だとお前たちは言った。そしてそれに、斎が関係しているとも」
俺は董狐の後ろで馬に揺られながら、そう告げた。
「相違ありません」
はっきりと返ってきた董狐の言葉に、俺はひっそりと覚悟を決める。
10年ぶりの故国、黄凱。
そして彼らとも10年ぶりの再会を果たすのかもしれない。
父上を殺した男と、父上を裏切った男。
「俺は……」
2人を思い浮かべただけで、胸の高ぶりを抑えきれない。
憎しみか、怒りか。
激しい感情が、俺の中にまだ残っている。
戦う術を知らなかったあの頃じゃない。
今なら2人に、堂々と剣を向けられる…!
それは斎が予想した通り庚のものだった。
「斎……」
この人は本当に狂王になどなれやしない。
斎は改めてそう思う。
牢に入れた自分の臣下に度々会いに来るこの人は、やはり狂王ではないし、この先もなることはできないだろう。
「庚様…」
斎は牢の中に座り込んだまま、悲しい瞳で庚を見上げた。
「私は、貴方に味方するべきではありませんでした」
灯央様を、裏切るべきではなかった。
私は灯央様以上の狂王を知らない。
「この期に及んでまでそう言うか」
庚の凛とした声に、斎の体がわずかに震えた。
「言え、斎」
「……何をですか」
「お前の本心はどれなんだ」
「……私の…本心……?」
「言え、どれが本当のお前なのかを。本当のお前が、真に望むことは何なのかを」
「何を…!」
「早く言え。私はこれから発たねばならん。時間がない」
いつまでも口を開かない斎に、庚はため息をついた。
「私はもう行く。紅雪が攻めてきたのだ。あれは中央の大国だ。こんな小国をどうするつもりかは知らないが、お前もそれなりの覚悟をしていた方がいいだろう。この暗く寂しい、牢屋の中で」
庚の姿が消えたのを確認すると、斎は呆然とつぶやく。
「紅雪が……?」
懐かしい地。
家族と共に暮らした地。
兄と、その妻と。そしてその2人の間に生まれた幼い子どもと。
かつて暮らしていた国、紅雪。
紅雪に戻ることを禁じられたのは20年以上前か。もうどのくらい経ったのかよく分からないほど昔の話。
仕方がなかった。狂王などではない紅雪王に反発を感じて、私は無理な政策を勝手に行った。
追放されるだけのことをした。
そして、何より追放されたかった。
追放された私の足が向いたのは、この黄凱だった。
少年の頃試験に合格して官僚になった私は幾度かこの国を訪れていて、――私は、その度にお会いした優佳様と、今一度言葉を交わしたかっただけかもしれない。
「私は…何を考えている、私は…」
自らの手で優佳様を殺したからこそ、こうして牢の中にいるというのに。
愛していた。
これ程愛した女性は他にはいない。
なのに何故、私は殺してしまったのだろう……。
考えても考えても。
答えは遠く、闇の中――。
「“黄凱を救うため”だとお前たちは言った。そしてそれに、斎が関係しているとも」
俺は董狐の後ろで馬に揺られながら、そう告げた。
「相違ありません」
はっきりと返ってきた董狐の言葉に、俺はひっそりと覚悟を決める。
10年ぶりの故国、黄凱。
そして彼らとも10年ぶりの再会を果たすのかもしれない。
父上を殺した男と、父上を裏切った男。
「俺は……」
2人を思い浮かべただけで、胸の高ぶりを抑えきれない。
憎しみか、怒りか。
激しい感情が、俺の中にまだ残っている。
戦う術を知らなかったあの頃じゃない。
今なら2人に、堂々と剣を向けられる…!
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