還空論
HP「SECRET GAME」の付属ブログです。日記や小説。
ただしここでの小説には、あまり計画性がありません; HPの小説の番外編もあります。
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私はケイをすぐに自分の部屋に連れ帰った。
やわらかい毛布を着せてソファに寝かせる。
ケイは安心したのか泣き疲れたのか、すぐに寝息を立て始めた。
本当に、まだ幼い子どもだ。たった8歳の。この子が戦場に立っていたなど信じられない。
そして私はクラインの元へと向かった。
「珍しいお客さんだ。何年ぶりかな、ブランバーグ中佐」
クラインは自分の執務室で、副官を横に仕事をしていた。
私はそこに割り込んで入る。
「――お久しぶりです、クライン少将」
「お互いコネがあると出世が早いな。まあ、座るといい。コーヒーでも持って来させよう」
「結構です。長居する気はありません」
「はっ」
クラインは口の端を釣り上げる。
「何をそんなに怒っている?」
「何故でしょうね」
「分からないな。――心当たりが多すぎる」
私はクラインに詰め寄り、その机に手を勢いよく叩きつけた。
「貴方の非人道的な行いについてですよ」
「おかしな話だな。軍人が人道を語るのか」
「それは……っ」
「君は初めからデスクワーカーだからな。だからこそ人道を語れる。本物の戦場など見たことないだろう」
「軍は! 確かに非人道的なことをするだろう! だけど非人道を肯定する場ではない!」
「戦場に出たことがないから、肯定する側の気持ちが分からない。――まぁいい。私と君の考えが相容れないことは、以前お前が私の直属だった頃によく分かっていた。今争うのも無意味だろう。さっさと本題に移ろうじゃないか」
私は呼吸を整え、言う。
「ケイは私が預かります」
「……なるほど、それか。ジュリアから聞いたのか」
「それは」
「分かっていたがな。口止めはしたが、一生守り通すことは無理だろうと」
「あんな…小さな子どもを、貴方は…!」
「いくらでも責めればいい。だが私を責めて何になる? 言っておくがあの子は、何度かの遠征で既に上層部の信頼を得た。誰も子どもだからと同情する者などいない」
「頭が…おかしい!」
「君のお父上もな」
同情はしない。
だとすると、上層部の人間は皆あの子を人だとは思っていないのだろう。
役に立つ。だから認める。ケイの心が、あんなにも泣き叫ぶほどの心が、クラインの手によって握り潰されていることも知らずに。
クラインは意地の悪い笑みを浮かべた。
「悪いが手放すわけにはいかない。既にあの子の存在は、私の中だけのものではない。このアメリカ軍が所有する産物となっているのだ。私にケイの全権があるにはあるんだがな。しかしブランバーグ中佐。君がそんなにあの子を心配するというのなら、妥協案を出そうじゃないか」
「私に…どうしろと…?」
数日後、私はカリフォルニア支部への移転の準備を終わらせていた。ここニューヨーク本部からカリフォルニア支部への異動。それがクラインから出された条件の1つ。
彼は余程私が目障りだったのか。
しかしケイをカリフォルニアに連れて行くことが許された。ケイが軍から離れることは一切許されなかったが、あの子がクラインの傍から離れて暮らすことができるのならそれでいい。
『君がケイをカリフォルニアに連れて行き面倒を見ること。また私のケイへの命令は絶対だ。遠くにいても指示は出す。それには必ず従え。無論、軍籍もそのまま残す。あの子はあくまで私のものだ』
私が目障りだった――わけではないかもしれない。
ケイのあの容姿だ。アジア方面でこそ、有効に活躍できそうではある。もともとクラインはケイをカリフォルニアの方へとやる予定だったのだろう。しかし1人でやるのはさすがに躊躇ったか。
当たり前だ、まだ小さな子ども。本部では自分という後ろ盾がいる。だがカリフォルニアにはそれがない。
都合のいいケイの後ろ盾として私を選んだ。そんなところか。
それでもいい。
後ろ盾でも何でもなるよ。厳しい条件を出されなくて幸いだったじゃないか。無事、ケイはクラインの元から離れられる。
私はジュリアに電話した。
『ごめんなさい、ウォルト…! まさか貴方が左遷されるなんて……っ』
「左遷? カリフォルニア支部はアメリカ随一の規模を持つ。左遷ではないだろう」
『それでも、本部エリートを約束されていた貴方を』
「気にしてなどいない。寧ろ感謝しているんだ。薄い人間関係の中で生きてきた人生で、こんなにも、愛情を注ぎたいと願う人間に出会えた」
今はまだ同情かもしれない。
でも心の底から守りたいと願っているのは事実だ。
「勿論、君の他にね」
『ウォルト……』
「君のことはアートリーに任せた。時々電話もする。ケイのことは私に任せて」
『ありがとう…ありがとう…!』
「泣かないで、ジュリア」
愛しているよ。
「行こうか、ケイ」
列車のホームで私はケイの手を取った。ケイはそれに戸惑って、下を向く。
「どうした? 手を繋いだのは初めてか」
ケイは首を振った。
「アートリーが、よく……」
「そうか」
この子の中にはあるんだ。母と兄から愛された思い出が。
だったら足りない父からの愛は、私が注いであげよう。
ジュリアへの愛は、貫けなかった。
だから今度こそ私は、諦めないでいこうと思う。
笑顔を忘れたこの子が、いつか、心から笑ってくれるように。
なんか大佐は涙に弱いみたいだ。笑”
というかジュリアと大佐の話を書こうと思ったのに、結局蛍に持っていかれました^^;
やわらかい毛布を着せてソファに寝かせる。
ケイは安心したのか泣き疲れたのか、すぐに寝息を立て始めた。
本当に、まだ幼い子どもだ。たった8歳の。この子が戦場に立っていたなど信じられない。
そして私はクラインの元へと向かった。
「珍しいお客さんだ。何年ぶりかな、ブランバーグ中佐」
クラインは自分の執務室で、副官を横に仕事をしていた。
私はそこに割り込んで入る。
「――お久しぶりです、クライン少将」
「お互いコネがあると出世が早いな。まあ、座るといい。コーヒーでも持って来させよう」
「結構です。長居する気はありません」
「はっ」
クラインは口の端を釣り上げる。
「何をそんなに怒っている?」
「何故でしょうね」
「分からないな。――心当たりが多すぎる」
私はクラインに詰め寄り、その机に手を勢いよく叩きつけた。
「貴方の非人道的な行いについてですよ」
「おかしな話だな。軍人が人道を語るのか」
「それは……っ」
「君は初めからデスクワーカーだからな。だからこそ人道を語れる。本物の戦場など見たことないだろう」
「軍は! 確かに非人道的なことをするだろう! だけど非人道を肯定する場ではない!」
「戦場に出たことがないから、肯定する側の気持ちが分からない。――まぁいい。私と君の考えが相容れないことは、以前お前が私の直属だった頃によく分かっていた。今争うのも無意味だろう。さっさと本題に移ろうじゃないか」
私は呼吸を整え、言う。
「ケイは私が預かります」
「……なるほど、それか。ジュリアから聞いたのか」
「それは」
「分かっていたがな。口止めはしたが、一生守り通すことは無理だろうと」
「あんな…小さな子どもを、貴方は…!」
「いくらでも責めればいい。だが私を責めて何になる? 言っておくがあの子は、何度かの遠征で既に上層部の信頼を得た。誰も子どもだからと同情する者などいない」
「頭が…おかしい!」
「君のお父上もな」
同情はしない。
だとすると、上層部の人間は皆あの子を人だとは思っていないのだろう。
役に立つ。だから認める。ケイの心が、あんなにも泣き叫ぶほどの心が、クラインの手によって握り潰されていることも知らずに。
クラインは意地の悪い笑みを浮かべた。
「悪いが手放すわけにはいかない。既にあの子の存在は、私の中だけのものではない。このアメリカ軍が所有する産物となっているのだ。私にケイの全権があるにはあるんだがな。しかしブランバーグ中佐。君がそんなにあの子を心配するというのなら、妥協案を出そうじゃないか」
「私に…どうしろと…?」
数日後、私はカリフォルニア支部への移転の準備を終わらせていた。ここニューヨーク本部からカリフォルニア支部への異動。それがクラインから出された条件の1つ。
彼は余程私が目障りだったのか。
しかしケイをカリフォルニアに連れて行くことが許された。ケイが軍から離れることは一切許されなかったが、あの子がクラインの傍から離れて暮らすことができるのならそれでいい。
『君がケイをカリフォルニアに連れて行き面倒を見ること。また私のケイへの命令は絶対だ。遠くにいても指示は出す。それには必ず従え。無論、軍籍もそのまま残す。あの子はあくまで私のものだ』
私が目障りだった――わけではないかもしれない。
ケイのあの容姿だ。アジア方面でこそ、有効に活躍できそうではある。もともとクラインはケイをカリフォルニアの方へとやる予定だったのだろう。しかし1人でやるのはさすがに躊躇ったか。
当たり前だ、まだ小さな子ども。本部では自分という後ろ盾がいる。だがカリフォルニアにはそれがない。
都合のいいケイの後ろ盾として私を選んだ。そんなところか。
それでもいい。
後ろ盾でも何でもなるよ。厳しい条件を出されなくて幸いだったじゃないか。無事、ケイはクラインの元から離れられる。
私はジュリアに電話した。
『ごめんなさい、ウォルト…! まさか貴方が左遷されるなんて……っ』
「左遷? カリフォルニア支部はアメリカ随一の規模を持つ。左遷ではないだろう」
『それでも、本部エリートを約束されていた貴方を』
「気にしてなどいない。寧ろ感謝しているんだ。薄い人間関係の中で生きてきた人生で、こんなにも、愛情を注ぎたいと願う人間に出会えた」
今はまだ同情かもしれない。
でも心の底から守りたいと願っているのは事実だ。
「勿論、君の他にね」
『ウォルト……』
「君のことはアートリーに任せた。時々電話もする。ケイのことは私に任せて」
『ありがとう…ありがとう…!』
「泣かないで、ジュリア」
愛しているよ。
「行こうか、ケイ」
列車のホームで私はケイの手を取った。ケイはそれに戸惑って、下を向く。
「どうした? 手を繋いだのは初めてか」
ケイは首を振った。
「アートリーが、よく……」
「そうか」
この子の中にはあるんだ。母と兄から愛された思い出が。
だったら足りない父からの愛は、私が注いであげよう。
ジュリアへの愛は、貫けなかった。
だから今度こそ私は、諦めないでいこうと思う。
笑顔を忘れたこの子が、いつか、心から笑ってくれるように。
なんか大佐は涙に弱いみたいだ。笑”
というかジュリアと大佐の話を書こうと思ったのに、結局蛍に持っていかれました^^;
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そのような交流が何年続いた頃だろう。彼女に再会したのももう10年以上前のことだ。
忙しくてなかなか会いにもいけない日々が続いた頃だった。
ジュリアから電話が来た。
『ねえ……聞いて、ウォルト』
「……どうした?」
彼女は泣いていた。
『お願いがあるの…っ。あの子を…あの子を助けて! あの人から…助けてあげて…!!』
「あの子……?」
思い当たる節はあった。
見かけたことがあったからだ、クラインが子どもを連れているのを。
『私じゃできないの! 私は母親失格よ…っ』
母親?
ではあの子どもは、クラインとジュリアの子か。
アートリーだけではなく、いつの間にかもう1人子どもがいたのか?
「分かった。まずは落ち着いて話そう。助ける、必ず。それは約束する。だけどまだ話が見えないんだ。どうやって助けたらいいのかも分からない。だからそのためにまず話をしよう。深呼吸して」
『ごめん…なさい…! 貴方しか、頼れる人が…!』
「うん、分かったよ。落ち着いて。呼吸を整えて」
ジュリアのゆっくりとした呼吸音が電話越しに聞こえてきた。
大丈夫。彼女ならすぐに冷静になれるはずだ。
『――ウォルト』
「大丈夫か?」
『ええ。ありがとう。話を聞いて。あの子は――』
その子どもは、信じがたい事実だが、5歳の頃から正式に軍にいるらしい。
既に前線では何度か活躍したそうだ。
私は知らなかった――前線に出る立場にないからだ。
「くそ……っ」
本当に、たった5歳の子どもを?
ジュリアの話によれば、赤ん坊だったその子どもを引き取り3歳の頃にはクラインの訓練が始まっていた。私には言うなと堅く口止めをしていたらしい。それも我慢できなくなって、今回彼女は助けを求めて来たのだ。
「あの人は、なんということを考えて……!」
私はすぐに第五室内練兵場に向かった。クラインが貸し切って使用していることは、記録にも残っているから知っている。
おそらくは、そこに。
――ふと泣き声が、聞こえた。
違う、これは“叫び”だ。
身を引き裂くような――怒りと、悲しみと、恐怖。
室内練兵場など滅多に使われない。
人気がなく、薄暗い。
しんと空気も凍ったような中で、声が、小さく木霊する。
私は急いで駆け寄って、その部屋の扉を開けた。
「―――っ」
部屋の中は暗かった。
何故。暗闇の中での訓練だとでも?
中は全く見えなかったが、息遣いは聞こえた。
私が来たことで泣き止んだが、確かにそこに、彼がいるのだ。
ケイ
君はそこにいるんだろう。
「父さん……じゃない…」
か細い声が聞こえた。
「だって父さんはまだ、仕事だからここに来ない……」
それが分かっていたから、きっと大声で泣いたんだ。
クラインの前では泣けないから。
「誰……? 誰でもいい。……怖いよ、苦しいよ。逃げたい、助けて――。
助けて…!」
私は手探りで電灯を付けた。
はっきりと子どもの姿を認める。
たくさんの大粒の涙を流していた彼に近寄って、そっと抱きしめた。
「君のお母さんに頼まれたんだよ」
だから助けてあげる。
精一杯の、私の力で。
だからもう、そんなに泣かないで。
忙しくてなかなか会いにもいけない日々が続いた頃だった。
ジュリアから電話が来た。
『ねえ……聞いて、ウォルト』
「……どうした?」
彼女は泣いていた。
『お願いがあるの…っ。あの子を…あの子を助けて! あの人から…助けてあげて…!!』
「あの子……?」
思い当たる節はあった。
見かけたことがあったからだ、クラインが子どもを連れているのを。
『私じゃできないの! 私は母親失格よ…っ』
母親?
ではあの子どもは、クラインとジュリアの子か。
アートリーだけではなく、いつの間にかもう1人子どもがいたのか?
「分かった。まずは落ち着いて話そう。助ける、必ず。それは約束する。だけどまだ話が見えないんだ。どうやって助けたらいいのかも分からない。だからそのためにまず話をしよう。深呼吸して」
『ごめん…なさい…! 貴方しか、頼れる人が…!』
「うん、分かったよ。落ち着いて。呼吸を整えて」
ジュリアのゆっくりとした呼吸音が電話越しに聞こえてきた。
大丈夫。彼女ならすぐに冷静になれるはずだ。
『――ウォルト』
「大丈夫か?」
『ええ。ありがとう。話を聞いて。あの子は――』
その子どもは、信じがたい事実だが、5歳の頃から正式に軍にいるらしい。
既に前線では何度か活躍したそうだ。
私は知らなかった――前線に出る立場にないからだ。
「くそ……っ」
本当に、たった5歳の子どもを?
ジュリアの話によれば、赤ん坊だったその子どもを引き取り3歳の頃にはクラインの訓練が始まっていた。私には言うなと堅く口止めをしていたらしい。それも我慢できなくなって、今回彼女は助けを求めて来たのだ。
「あの人は、なんということを考えて……!」
私はすぐに第五室内練兵場に向かった。クラインが貸し切って使用していることは、記録にも残っているから知っている。
おそらくは、そこに。
――ふと泣き声が、聞こえた。
違う、これは“叫び”だ。
身を引き裂くような――怒りと、悲しみと、恐怖。
室内練兵場など滅多に使われない。
人気がなく、薄暗い。
しんと空気も凍ったような中で、声が、小さく木霊する。
私は急いで駆け寄って、その部屋の扉を開けた。
「―――っ」
部屋の中は暗かった。
何故。暗闇の中での訓練だとでも?
中は全く見えなかったが、息遣いは聞こえた。
私が来たことで泣き止んだが、確かにそこに、彼がいるのだ。
ケイ
君はそこにいるんだろう。
「父さん……じゃない…」
か細い声が聞こえた。
「だって父さんはまだ、仕事だからここに来ない……」
それが分かっていたから、きっと大声で泣いたんだ。
クラインの前では泣けないから。
「誰……? 誰でもいい。……怖いよ、苦しいよ。逃げたい、助けて――。
助けて…!」
私は手探りで電灯を付けた。
はっきりと子どもの姿を認める。
たくさんの大粒の涙を流していた彼に近寄って、そっと抱きしめた。
「君のお母さんに頼まれたんだよ」
だから助けてあげる。
精一杯の、私の力で。
だからもう、そんなに泣かないで。
彼女と再会したのは、高校を卒業してから3年あまりが経過した頃だった。
私の家と同じく代々軍人として軍を掌握する家系にある彼女は、私の上官と結婚したのだ。
上官の名前はスタッズ=ロッシュ。後にアメリカ軍のトップに上り詰める男である。
彼女の父親にいたく気に入られていた彼が彼女と結婚することが、恋愛結婚ではないことは誰の目から見ても明らかだった。
「お祝いを、クライン大尉」
「歓迎するよ、ブランバーグ少尉」
結婚後、スタッズ=ロッシュ改めスタッズ=クラインは自宅でパーティを開いた。それには彼が所属する部隊の人間、そして軍の要人たちが招かれた。
クラインは進んでパーティを開くような人間ではないので、クライン主催という名目ではあるが実際計画を進めたのは彼女の父親だろう。
「少尉、今日は私は君をもてなす側だ。上官だということは一時忘れて楽しんで欲しい」
到着するなり、私はクラインにワイングラスを渡された。
「いえ、そのようなことはできません。大尉は私の上官です」
「だろうな。しかしてっきりお父上と来るものと思っていたが」
「父は取り急ぎ処理しなければならない仕事ができたので、少々遅れます」
「そうか」
クラインがワインを注ぐ。
いつも思うが、この人の笑顔は嘘くさい。一体何を考えているのか分からない。
「そういえば妻から聞いた。君は彼女と高校のクラスメートだったらしいな」
「はい、ジュリア――奥様とは、3年間共に――」
「ウォルト」
私ははっとした。
懐かしい声。
片時も、忘れたことのない声。
その声を聞いただけで、姿が鮮明に思い浮かぶ。
きっと君は、3年前よりももっと美しくなっていることだろう。
「失礼しました、ウォルター=ブランバーグ少尉」
私は彼女を見た。
やはり高校時代よりも比べ物にならないほど美しくなった彼女は、私にふんわりと微笑みかける。
「3年ぶりね」
「ああ」
「今日は来てくれてありがとう」
私は隣に立つクラインを見た。
「いや……そういえば、肝心なことをお伝えしていませんでした。クライン大尉、そして奥様、この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。久しぶりの友人との再会だ。積もる話もあるだろう。私は失礼するよ」
クラインはそう言うと離れて行った。
代わりにジュリアが近づいてきて、自分の持っていたワイングラスを優しく私のグラスに当てる。
「本当にめでたいわ。まさか貴方に会えるなんて」
「驚いたよ」
「私も。貴方があの人の直属の部下だとは知らなかったから」
「まだ部下になって日も浅い」
「そうなの」
ジュリアはワインを一口飲むと、グラスを近くのテーブルに置いた。
「ねえ、踊りましょう?」
「冗談だろ。結婚パーティだ。皆、君とクライン大尉が踊るのを期待している」
「だって貴方はプロムでは踊ってくれなかったじゃない」
「――それは…」
「卒業間近になって突然ふられて、だから私は――」
「だから……?」
だから好きでもない男と結婚するとでもいうのか。
「ジュリア、俺は」
「今更理由なんていいの。知りたくもないわ。知ったってもう後戻りなんてできない。……そうでしょう? 生真面目な軍人さん」
おそらく彼女は分かっていたのだろう。
私が当時別れを切り出した原因が家だということを。
1人娘しかできなかったクライン家は我がブランバーグ家に取り込まれることを嫌がっていたし、私の家も、彼女の家を背負うのを嫌がっていた。
軍の中枢は微妙な勢力バランスを保っているのだ。それを個人の感情で崩してしまうわけにはいかなかった。
「ありがとう、ジュリア」
精一杯の感謝の気持ちを。
そして許して欲しい。
君を連れて逃げだすくらいの、気概がなかった私を。
私の家と同じく代々軍人として軍を掌握する家系にある彼女は、私の上官と結婚したのだ。
上官の名前はスタッズ=ロッシュ。後にアメリカ軍のトップに上り詰める男である。
彼女の父親にいたく気に入られていた彼が彼女と結婚することが、恋愛結婚ではないことは誰の目から見ても明らかだった。
「お祝いを、クライン大尉」
「歓迎するよ、ブランバーグ少尉」
結婚後、スタッズ=ロッシュ改めスタッズ=クラインは自宅でパーティを開いた。それには彼が所属する部隊の人間、そして軍の要人たちが招かれた。
クラインは進んでパーティを開くような人間ではないので、クライン主催という名目ではあるが実際計画を進めたのは彼女の父親だろう。
「少尉、今日は私は君をもてなす側だ。上官だということは一時忘れて楽しんで欲しい」
到着するなり、私はクラインにワイングラスを渡された。
「いえ、そのようなことはできません。大尉は私の上官です」
「だろうな。しかしてっきりお父上と来るものと思っていたが」
「父は取り急ぎ処理しなければならない仕事ができたので、少々遅れます」
「そうか」
クラインがワインを注ぐ。
いつも思うが、この人の笑顔は嘘くさい。一体何を考えているのか分からない。
「そういえば妻から聞いた。君は彼女と高校のクラスメートだったらしいな」
「はい、ジュリア――奥様とは、3年間共に――」
「ウォルト」
私ははっとした。
懐かしい声。
片時も、忘れたことのない声。
その声を聞いただけで、姿が鮮明に思い浮かぶ。
きっと君は、3年前よりももっと美しくなっていることだろう。
「失礼しました、ウォルター=ブランバーグ少尉」
私は彼女を見た。
やはり高校時代よりも比べ物にならないほど美しくなった彼女は、私にふんわりと微笑みかける。
「3年ぶりね」
「ああ」
「今日は来てくれてありがとう」
私は隣に立つクラインを見た。
「いや……そういえば、肝心なことをお伝えしていませんでした。クライン大尉、そして奥様、この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。久しぶりの友人との再会だ。積もる話もあるだろう。私は失礼するよ」
クラインはそう言うと離れて行った。
代わりにジュリアが近づいてきて、自分の持っていたワイングラスを優しく私のグラスに当てる。
「本当にめでたいわ。まさか貴方に会えるなんて」
「驚いたよ」
「私も。貴方があの人の直属の部下だとは知らなかったから」
「まだ部下になって日も浅い」
「そうなの」
ジュリアはワインを一口飲むと、グラスを近くのテーブルに置いた。
「ねえ、踊りましょう?」
「冗談だろ。結婚パーティだ。皆、君とクライン大尉が踊るのを期待している」
「だって貴方はプロムでは踊ってくれなかったじゃない」
「――それは…」
「卒業間近になって突然ふられて、だから私は――」
「だから……?」
だから好きでもない男と結婚するとでもいうのか。
「ジュリア、俺は」
「今更理由なんていいの。知りたくもないわ。知ったってもう後戻りなんてできない。……そうでしょう? 生真面目な軍人さん」
おそらく彼女は分かっていたのだろう。
私が当時別れを切り出した原因が家だということを。
1人娘しかできなかったクライン家は我がブランバーグ家に取り込まれることを嫌がっていたし、私の家も、彼女の家を背負うのを嫌がっていた。
軍の中枢は微妙な勢力バランスを保っているのだ。それを個人の感情で崩してしまうわけにはいかなかった。
「ありがとう、ジュリア」
精一杯の感謝の気持ちを。
そして許して欲しい。
君を連れて逃げだすくらいの、気概がなかった私を。
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